2025年12月15日月曜日

なぜ「お米券」なのか──愚策に見える政策の正体

最近話題になっている「お米券」配布について、

「意味がわからない」「現金でいいだろう」という声が多い。

この違和感は正しい。
ただし、この政策は国民目線で設計されたものではない、という点を理解すると構造が見えてくる。

結論から言うと

お米券は“最適解”ではなく、“官僚制約をすべて満たした結果の消去法”である。


なぜ現金給付ではないのか

技術的にも実務的にも、
マイナの紐づけ口座への直接振込が最も効率的で合理的だ。

それでも現金給付が避けられる理由は、経済理論ではなく官僚側の心理と制度にある。

  • 一度現金を配ると「次も配れ」という前例になる

  • 恒常化への圧力が生まれる

  • 財務省はこれを「財政規律の崩壊」と認識している

正しいかどうかは別として、
彼らはこれを極端に恐れている。


なぜ「米」なのか

この政策が農水省案件である以上、
対象を米以外に広げることはできない。

  • 所管が崩れる

  • 予算根拠が消える

  • 省庁の存在意義が揺らぐ

つまり、農水省が動く=米に限定される


なぜ政策として歪むのか

家計にとって、支出の財布は一つだ。

  • 米代

  • 光熱費

  • 家賃

これらはすべて同じ可処分所得から出ている。
したがって、用途限定の支援は経済合理性が低い

これは経済学の教科書レベルの話だ。

それでも「お米券」が選ばれたのは、

  • 現金ではない

  • 用途が限定されている

  • 一回限りに見える

  • 所管が明確

という、官僚側にとって都合のいい条件をすべて満たしているから


高市路線との関係

重要なのは、この政策を
「高市総理の経済政策そのもの」と誤解しないことだ。

これは、

  • 縦割り行政

  • 財務省の恐怖

  • 与党内調整

の妥協点として出てきたものであり、
構造改革や積極財政を志向する高市路線とは本質的に異なる。

むしろ、
トップが強くないと官僚主導の“小手先政策”が自然発生する、
その典型例だといえる。


まとめ

  • お米券は国民のための最適設計ではない

  • 官僚制約を満たすための消去法の産物である

  • 経済合理性は低いが、官僚満足度は高い

  • 高市路線と同一視するのは誤り

問題は政策単体ではなく、それを生み出す構造にある。

この構造を理解せずに「バラマキだ」「意味がない」と批判しても、
何も変わらない。


この問題について直接的な解はない。
官僚の行動原理と政治のパワーバランスを少しずつ更新していくしかない。
今できることは、「表層に踊らされずに本質を見つめること」。これだけである。

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