――合理化は冷酷ではなく、公平の手段である
日本の行政には、まだ「人が紙を運び、確認し、押印する」という構造が根強く残っている。
その多くは、制度上も技術上も、すでに自動化が可能な領域だ。
たとえば、健康保険の切り替え。
退職や転職のたびに、本人・自治体・事業主の三者が書類をやり取りする。
「社保から国保へ」あるいは「国保から社保へ」――
この一連の事務が遅れれば、無保険期間が発生し、重複徴収が起きる。
しかも返金や訂正にも人件費がかかる。
技術的には、マイナンバーと所得・年金データを連動させれば、
最適な保険へ自動移行するシステムを組むことは容易だ。
それでも実現しないのは、技術の問題ではなく雇用と政治の問題である。
「公務」は管理であり、コスト効率で測られるべき
行政の本質は「公益のための管理」。
民間企業のような利益ではなく、最小コストで全員に公平を届けることが使命だ。
したがって、管理のコストは安ければ安いほど良い。
ネットに繋がる人々にまで、紙の書類と窓口対応を維持する必要はない。
オンライン層は自動化で、オフライン層(高齢者や僻地)は人的対応で。
この二層構造こそ、合理性と公平性を両立する最適解だ。
公務員改革は「削減」ではなく「再配置」
自動化で不要になるのは「書類事務」であって、「人」ではない。
空いた人手を、教育・福祉・災害対応など、
人にしかできない分野へ再配置すればいい。
行政改革とは、「人を切る」ことではなく、「人の使い方を変える」ことである。
なぜ進まないのか
理由は単純だ。
構造を変えると、官僚機構と地方公務員の雇用が再編される。
大量の事務職が不要になり、組織の既得権と政治的基盤が揺らぐ。
それを誰も引き受けたがらない。
結果、「できるけど、やらない」状態が続いている。
それでも、進めるべき理由
行政の非効率は、単なる税金の無駄ではない。
手続きの遅延、給付の漏れ、無保険期間――
そのすべてが、国民の生活の質を直接下げている。
そして、現場の職員自身も疲弊している。
だからこそ、
「合理化=冷酷」という誤解を解き、
効率化=公平の実現という新しい認識を広める必要がある。
結論
行政手続きのシステム化は、
単に人件費を減らすための改革ではない。
それは「人を守るための構造改革」であり、
本当の意味での“優しい社会”の第一歩だ。
追記
なお、この「自動化」「少人化」は民間では遥かにに早く進む。
今までシステム化が難しかった「情報のキュレーション」もAIに代替されて、事務職はほぼ不要になる。AIを使役し、業務全体を把握していてAIの誤回答を調整するクルーと、判断の責任を負うマネージャーだけが残り、ほかは「人でなければならない」部署に移るか、解雇される。
AIに代替される「単純知的労働」は姿を消し、「肉体労働」「現場労働」が残る。
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